夕暮れや

夕暮れや
青橙を
裂かん雲
波の向こうに
地這い星かな

夕暮れや
青橙を
裂かん雲
波の向こうに
地這い星かな

暑い、晴れていて空梅雨。
エアコンをつけているとどうしても機械音ばかり。
耐えられなくはないくらいの温度なので全体的に窓を開けて風通りをよくしてみている。
気持ちがいいくらい緑が窓から見える。
自分で作った机の上
窓越しでちょうどいい高さにあってpcをおいて作業できる。
自分の家の中で好きな場所があれば帰ってきたくなる。
清澄亭で庭の横で作業していたことを思い出す。
緑のカーテン。
氷が揺れて器にあたる音
ひんやりとしたグラス。
夏が始まった。

陽暦15年(西暦2065年)のこと。
地球温暖化予想2050年シナリオは最悪のケースをたどったため、2047年中旬、国連総本部は迅速かつこれまでにない世界的な協力が必要と声明を表示した。日本はその一環として新しい年号を定め、2050年より年号を改める方針を打ち出し、世界中の共通年号として共有された。
ぼくは、なにも変わらない半蔵門線から出勤していた。若干寝不足気味であったが、もう10月中旬である。最寄り駅に着くまでは快晴の中を歩いた。降りた大手町駅では地下つながりになっているので、一度駅についたら最後、オフィスに着くまでは外の様子はわからない。変わらぬ人の群。前の人をただ体が追っていくだけ。気づいたときには、会社のデスクに座っていた。
自分のデスクはたまたま、このビルの窓際にある。28階立ての高層ビルであるがうちの企業は4階なので、とりわけいい景色が見えるわけでもない。ログインしたパソコンには客先からのメールが溜まっていたので、一つずつ捌いていく。
昼過ぎに、黒い稲妻が東京駅を襲った。やっとこさ捌き切ったメールと続いた会議から一息をついたときには時計の針は13時を刺していた。ふと窓の外を見ると、なんとなく外が薄暗く、ビルの隙間からみえる空が灰色がかっていた。
「この時代になってもまだメールなんて骨が折れるよ、チャットアプリをなんでうちは導入していないわけ?」
「どこまでいってもうちのお客さんには古いところが多いからさ。営業部門や責任者も何度も説明しにいったらしいんだけれど、うちはずっとメールでやってきたから問題なかったんだの一点貼りで聞かないところが多いんだってさ」
「はあ。。。。いわゆる前例主義ってやつ?」
「そうそう。もう世間ではだいぶ少なくなったって聞いてるけど、結局そういうところって多いんじゃないの?」
「残念だねえ」
たしかにうちのお客様にはこのみち何十年、という古い会社が多い。年号が変わる前からの付き合いも多い。そうしてこうやって何か本質的でないものに今日も時間が割かれているのは嫌なものだ。
「まあしゃあないよ」
「しゃあないね」
いつからだろうか、仕方ないがこんなに口癖になったのは。後ろ向きな姿勢にならざるをえないのであった。

帰りの電車では、人の波に揉まれる。相変わらずにして半蔵門線のピークタイムはこの4, 50年同じように何十万人という人を1日に捌いているのである。陽暦前に生まれた自分がこの電車にのっていたときから、ほとんど形が変わっていない車内の広告パネル。ぼーっとしていると目がパネルを捉える。今日も日々のニュースが流れていた、お決まりの天気予報である。
変わってしまったことといえば、なんとなく未来感のある演出くらいである。この国は本当に変わらない。
「浦島幼稚園でパンダのこどもが生まれ、注目を集めています。」
「東証一部へ、ドローンのスタートアップを展開しているアップエブリバディテクノロジー株式会社が上場しました。」
「本日も電力残口が下回る予想のため、豊洲、調布、多摩川で雫の観測が予想されます。節電にご協力ください。」
相変わらずの様子である。もう慣れっこになってしまったが、残念ながらパンダも雫もこの地下鉄の中からは見ることはできない。
豊洲大橋では、ちらほらと雨に懲りた人が散見された。子連れのカップル、高校生と作業服をきたメガネをかけた男性。隣接する高層ビルは変わらなく煌々と輝きながら東京を照らしている。高校生と作業服の男性は、スマホに夢中になりながら体だけが意思を持って前に進んでいるようにもみえる。
道路の信号で、インジゲーターが残り中となっている。陽暦では世界的意向を反映すべく国際的に標準のプロトコルが反映され、各国のインフラに電力情報が可視化されるよう政策が推し進められた。日本では前政権からの名残の一つで、各信号にはこのインジゲーターが実装された。町のあらゆるところで都市全体残りの電力を見ることができる。
大きな橋の道脇を歩くこどもは、落ち着かない様子で四方八方を見ている。
「ママ、この川はなんて名前なの?」
母親はこどもが指差す川を見て、答えた。
「この川は隅田川だよ。この橋はその川を渡るために作られたんだよ。」
こどもは興味津々で、川を見下ろしながら何気なく続けた。
「ママ、ここから飛び降りたらどうなるの?」
「それは危ないからやめておいた方がいいよ。橋の上から飛び降りると大怪我をするかもしれないからね。」
こどもは少し残念そうな表情を浮かべたが、母親の言葉を聞いて欄干から手を離した。
「ママ、あの建物は何?」
「あの建物にはではね、たくさんの人が働いているんだよ。」
「ふーん。。。。ママ、あれはなに?」
質問ぜめにするこどもの指に、母親は顔を上げる。
「あれは雫っていうの。私たちがつかう電気を運んでいるのよ」

小さく光り輝くものが少しずつこちらに降ってくるのが見える。
充電技術の競争が激化し始めた2020年あたりから40年以上が経った今、超軽量カーボンで作った固形電池に多量の電力を貯蔵することが可能となった。流れ星にみえるこの物体は巨大な充電池で、迅速な供給を目指した空気抵抗を最小化するため、雫の形をしている。それに伴って名前がついたのだ。雫一つで、1万世帯分の電力を賄うことができる。
雫は急速に落下してからパラシュートを開き減速する。たんぽぽの綿毛の形を模倣して作られた先端部分は花と呼ばれ、減速しながら飛行距離を伸ばすためについているらしい。
雫は少しずつ花をさかせながら減速し、遠くで待機する船の上に降り立った。船は最も近くにある河岸に泊まり、雫は淡い赤色をまとっては点滅している。川に停まった雫は呼吸をする花のようだった。
こどもからしたら赤く点滅している様子は何か見慣れてるようで、外方を向いた。
「あら、もう飽きちゃったの?」
「ぼく、お腹空いた」
「もう遅いもんね。早くかえって美味しいものたべようね」
街の給電が始まり、はるかむこうの橋の終端にある信号機のインジゲーターにも稲妻のサインが表示された。街の様子は至って変わらず、いつもの東京が流れていた。

今日は、信号機の横にもあるサインのインジゲーターは3本のうち1つのみしか点灯していない。普及が始まってインジゲーターが点灯し始めた当時は、ゲージが少なくなると人は不安感に苛まれていた。政府はこの焦燥感を利用して、電力消費を抑えようとするという陰謀説も流れたりした。また、実際にはインジゲーターが切れても電力は枯渇しないというニュースも話題となった。
実情としては、実際にはまた停電などは一度も起きなかったこともなかった。すでに日常に溶け込んだこの仕組みはわずか数年のうち世の中と当たり前に溶け込み、なんでもない空気のように話題にあがることもなくなった。
「本日の電力消費量は「厳しい」です。節電にご協力ください。」
もはや慣れすぎてしまったこの文言を、あいかわらず取り柄のない天気予報のアナウンサーが言う。なんでもなく流れる今日の半蔵門線のパネルは、20年前のそれと一向に変わっていない。何を気にすることもなく、ぼくは最近元気になってきた邦楽を聞いている。なんとなく湿っぽいこもった感じが漂う車内には、傘をもつ人もちらほらいる。外は雨が降っていた。でも気がついたら、またビルの中に吸い込まれていくのだ。
資料作りがやっと終わり、ふと気がつくと外は暗くなり、いつものなんてことのないビル外に灯りがともっている。遠目でぼやっと外を見やっていたそのとき、突然、目の前のPC以外が真っ暗になった。ビル群を敷き詰められた明かりは一瞬のうちに光を失った。奥の方に座る同僚のほうをハッと見やると、PCで彼の顔あたりがぼやっと照らされているのがわかる。
「え、ちょっと停電ですか???」
「大丈夫?」
「…ちょっとネットも繋がらないんだけれど。やばい」
静かすぎる。聞いたことのない静寂はどこか落ち着かない。
交差点の信号、小さな店舗の照明、ともすればきらめくネオン看板も、すべてが一瞬にして消え去った。

どこを見ればいいのかわからない。 「ちょっとドアも開かないんじゃないんですかね?…」
しかし、その静寂は長く続かなかった。ほどなくして、驚きの声や車のクラクションの音が一斉に鳴り響き、暗闇の中で慌てる人々の足音や囁きが聞こえてきた。ドアの向こうのほうから、何か忙しないような声や足音がするのに気づく。
外を見てみると、歩道では立ち止まった人々が携帯電話のライトを点け、細かく振りながら周囲を照らし始めた。ずっと端の方にみえる交差点では信号の灯りが消えている。少しさきに止まるタクシーは停止したまま、進む方向を見失っているようにもみえる。いつもならなんてことのない淡白な蛍光灯で光る向かいのビルは、真っ暗で形も見えない。
「ちょっと、外にでてみますか」
階段には何人か人が見える。非常灯がついているので階段ははっきりと見える。もっと上のほうで働いている人は気の毒だと思った。
外に出ると、少しだけスマホのライトをちらつかせてスーツで歩いてる人がみえる。向こう側の同僚をみたとき顔が照らされていたときと同じように、道を見渡す限り目がとまる明かりはすべてスマホを持つ人々だ。そこまで広くない一本道に沿った明かりは、ずーっと先のほうまで続いているのが見て取れる。四角く区切られたこの街が明かりを失ったとき、灯るのはスマホだけなのだろう。普段なら意識もしないビル外は、こんなに遠くまで広がっているのだと気づかなかった。
電気を待つしかない、そう思ったときはじめて見上げた空に驚いた。小さな光が空を一面に埋め尽くしている。五年以上も前に、雫を初めて東京の空でみたときに見たとき、はるか遠くから降ってくる光を見たのを思い出した。
しかしその光はよくみると、動いていない。どの光も、その場に止まったままだ。それが雫でなく、本物の恒星による光だと気づいたとき、はっと息を呑んだ。
「ちょっとこれ、もしかしなくても星…?」
「おーーーい!こりゃ大変だな」 降りてきた同僚の声がする。振り返ってみると、他の光と同じように彼の顔も白く照らされている。
「…いや、ちょっとこれ見てくれ」
「お、何かわかったか!?」
「いや、そうじゃなくて..」
空のほうを指さして、スマホで照らされる彼の顔は困った顔をしている。
「え…? うわあ、すごい量の雫だな….!って、、あれ..?」
一瞬、静けさが戻ってきた。先までを照らしていた道路を照らす光も消えた。ビルから降りてきた人の声も、周りのざわめきも。
皆は顔をあげて空を見ているようだった。
降ってくるはずの光とは見分けがつかない光は、空を埋めつくしている。僕らはその模様から、目が離せなかった。

その時抱いた一抹の不安はどこかへ消え、どれくらいの時間が立ったのだろうか。
思い出せるのは、誰かが叫んだ「雫だ!」と叫んだその感極まった声。かすかにながらハッキリと聞こえた、ビルの間で反響した不安から解放される小さな声たち。そしてどこか懐かしい、光を一緒に見上げるその体験そのものだった。
あれから3年がたった今日も、このぼやっとした4階のデスクに座るとたまに思い出す。
変わっているようで、それでも、何も変わっていないのだ。
東京には色がない。冷凍都市と、名付けた人の声を聞いたことがある。黒や灰、白に囲まれている、そう、冷たく、色がないことに気づくのだ。目の前や足下をみてみれば、自分もその色気のなさに紛れているような気がしなくもない。近頃、レンズ越しの僕の日常は、黒や灰、白に囲まれていた。
しかし少し距離をとってみて気づいた。地図を少し高いところからみてみれば、どれだけの緑や青がこの町を囲んでいるかに。ひとまず夕焼け雲を見上げれば、どれだけ空が暖色に包まれているのかに。
そして彩色豊かな食文化。現物、原材料は小さな形に姿を変えて、遥か向こうの島から旅をしてきた。ここは美食の街でもある。
訪れる四季は、これらの源になっているような気がする。街の至るところに色を散りばめ、緑を養っては色付け、人を纏う丈や色を変える。季節が呼吸するとき、街と人は一緒に呼吸するのだ。
多様性があり、賑やかで、心躍るようなイベントの数々を作り出す。十人十色の息吹は、吹き止むことを知らない。
. . .
さあ、夜がきた。月が朧げに雲に隠れ、赤く光る高層ビルの先端が脈を打つ。昼夜と時が変わった時、至る所に散りばめられた色は静かに姿を消す。押し返す、黒い人の波。
ひっそりとした静けさと、景色が変わる有り様は四季や太陽にだけ支えられているのではない。集団叡智と歴史の最新技術の集まったサイバーコネクティブは、日々の業務に勤しんでいる。1千万を超える人による労力の結晶が、今ある東京の姿を映し出すのだ。
乱立する大きな建物に宿る光は何でできている?あかりを灯している源は、何なのか?はたして遠くに見える綺麗な光は、宿で一息をつく柔らかな光なのか。はたまた、明朝まで終わりのこないため息に混じった、途方もない苦労の光か。
目の前の静けさはその、数えきれない人の動きによって生み出された見せかけの静けさなのかもしれない。つまり平衡状態である。水の入ったグラスは、液相の表面で小さな水分子が表面から飛び出しては気体に変わり、気体の水分子は液体へと変わる。それでいて、僕たちには液体は静かに止まって見える、そうこれも、分子の状態が平衡しているからだ。
一人一人は、この分子のように動き回り、時に激しく摩耗し尽くす。そして一人が一度脚を止めても、全体の様子は変わるわけではない。
しかしもしも一人ではなく多くが脚を止めても、全体の平衡は変わらないのだろうか。いやきっと変わるに違いないのだ、そう今年、パンデミックを経験した街はその一片を垣間見たことを、僕たちはよく知ってる。
. . .
僕はそんな中で、ひとと暮らしが重なる場所にきた。少し前までしていた1人暮らしは、今の僕には向かなかった。ここでは、もはや今では古典的となってしまった付き合いー隣人との交友ーがある。一つ屋根の下、同じ窯の飯を食う。暮らしは人との中にある。人がいてはじめて、暮らしは何倍にもその色の濃さを増すことに気付く。
小さな画面に目を向ける人の有り様は、もう当たり前の光景になった。革命を迎えた世界に住む僕たちの新しい日常。ビッグバンから今までの137億年の歴史を1年間に収めたら、この暮らしは12月31日23時59分59.9秒後の世界でしかないのにもかかわらず。
御時世的に、家で画面を見つめ仕事に励む人もよく見る。魔法の世界に住む代償に、いつのまにか画面の中にある世界を見過ぎるようになった。自国の国政よりも気づけば海の向こうで分断の進む有り様を、万人がこぞってしきりに注目する世の中になった。
しかし僕は越してきて、画面の世界よりも、ありのままの目の前の日常に目を向けることが増えたような気がする。
. . .
ある夜、住人と星を見ることになった。魔法使いの1人が言ったのだ、今夜は獅子座流星が見えると。寒い中で屋外で横に並び、みなで夜空を見つめはじめた。静寂と共に目が慣れてくると、大きな漆黒の中に無数の点が現れた。
流れ星が、僕たちの視界を横切った。瞬く間に。高揚が皆を包んだ。一体となって見る流れ星には、人をつなげる特別な力があると感じた。一度流れ星を見つけるとそのまま、「もう一度!もう一度見たい!」と言わんばかりに、僕たちは星空から目を離さなかった。その時初めてスクリーン以外の何かを、心を込めてじっと見つめたような気がした。
ふと思った。もしビルの天井も電車の天井も何もかも透明なら、都市の人は皆、空を見上げるのだろうか?魔法の世界や平衡の世界に踊らされるのではなく、その一瞬を共有したい、そんな気持ちになるのだろうか?
. . .
公園から聞こえる子供の声で、眠りが覚めた。またこの街に、朝がやってきた。今日は今日の風が吹く。 こんな僕たちも、ただ静かな平衡の中にあるだけ。そう、ただそんな暮らしがあるだけだ。でもここには、そんな暮らしがある。
サステイナビリティという、羽のように軽くてふわっとした、形のないオブジェクト。いく何時も特別な想いを馳せながら、これをあの手この手で掴み取ろうとしてきた。あるときは掴み取ることのできる形ある「ときめき」を覚えたり、はたまた欺く様に指先の間をすり抜けてしまうこともあった。
物心をついた時からずっと、何度も見返せずには居られなくなった。だって、美しいものは時折、眺めてみたくなるんだもの。ずっと放っておいて、どこか他の場所へ道草を食っていけなくなる。
不思議なことに、それが何だって、一つに定義することはできない。でも、掴み取ることのできた例をいくらか列挙できる。燃料の爆発を抑えんきれんばかりに走る、獰猛な内燃機関車の横で、静かな三相交流で加速し瞬く間に走り抜ける電気自動車を見た時。無機質で人工的な色を帯びたプラスチックの歯ブラシに代えて、木の香りと共に柔らかく歯肉を撫でる竹の歯ブラシを使った時。一度形作ると消えないしわを寄せる使い捨ての包装紙に代えて、何度も使える強さとユニークな顔を持ちあわせた風呂敷で贈り物を包む時。
それはまるで水が重力で自然落下するとき、雫と成すような自然な丸みを帯びるような感じ。そのありように、美しいと心が囁くこともある。
一方で、きっとこう感じることはある意味で、行き過ぎているのだと思う。つまり観測を繰り返した後の感性と見るのか、それとも行き過ぎた執念と見るのか。斜向かいのあの人とは、同じものを観ても馳せる想いも違うのだろう。
歴史を観て想う。技術を礎として人は信念を具現化し、積み重ねてきた文明のもとに今、僕たちは手元に有り余る「豊かさ」を享受した。広い宇宙の中での、生存という文明単位の欲求と平行線を辿るように、愛をもって他の人へ襷を渡すことは「回り回す」ことの具現化でもあると想う。そして決して少なくない数の人が、その命の回る有り様に特別な想いを馳せたに違いない。
しかしその一方で、環境や資源、他の命を虫喰いし、破壊し、強奪を繰り返すのもまた事実である。ここに、人1人単位で観てもすでに、存続を維持しようと働く傲慢さや野蛮さを見てとれる。
そう、だからこの想いは表裏一体であるような気もする。だからこそ、美しさを覚えることの反面で、それは絶対的でないんだということを律し、戒めることも時に必要では無かろうか。この獰猛さと隣り合わせにある矛盾に気づけば、どうして絶対美を保障できよう。
これをもってもなお、ただ私1人だけの選り好みで、道のりの中でくり抜いた景色を観る。「美しい」「素敵」「綺麗」と想いを馳せる。この形の無いオブジェクトを目の前に写像したとき、たしかに残る「ときめき」を捉えずには居られないのだ。まるで、3次元空間内のベクトルを2次元平面へ写像するときのように、僕はこの形のないオブジェクトに光を当ててしまうのであり、その影を目の前に留めようとする感覚。
そしてきっと、同じことを想う人もいると思える。思うようになってきたとも、肌感で言える。影をこぼしては、人の目に留まるように確かな場所に刻む。刻みたいと、心が言うのだ。そうやってまた、ふと見惚れてしまうことの繰り返し。
英語は今や、我々日本語話者にとっては特に、未知の世界を見ることのできる色眼鏡となりました。その言葉一つが、見えなかった、知らなかった様々な世界を視覚化してくれます。英語は実世界のみならず、インターネットの上でも世界共通語のようです。世の中を行き来する情報の多くは英語で伝達されます。生活、ビジネス、政治、外交、教育、芸術。言葉という視点で万物を見ると、着地点はありとあらゆる現象に帰結するでしょう。
経済大国日本で、日本語を操る人が英語を使える場合と使えない場合では、接触可能な人脈、情報、視座が大きく異なります。今や世界各地の先人の多大なる努力、功績の結果、僕たちの文明の礎は築かれたと思います。温故知新と人は言うように、これらを上手に正しく活用し、その恩恵を最大限に受けることは賢く生きる術ではないでしょうか。今を生きる人との共生、切磋琢磨し、種としての繁栄を築き上げるにも、そのもっとも基本となる「人と人の会話」は必須です。 英語と日本語は全く異なる言語です。日本語が母国語の人にとって、第二か国語として英語を習得することは簡単ではないですが、不可能では全くありません。だからこそ、中学と高校で長い間英語を勉強する人が多い日本で、英語を習得せずに終わる現状は疑問を抱かざるをえません。これは間違った学習方法を選ぶ人が多くいる結果ではないでしょうか。そう思う理由を言及するにあたって、まず英語とは何かについて話す必要があるでしょう。
会話における非常に基本的な概念に、「出力」と「入力」があります。会話とは、「話し手」と「聞き手」がいて成り立ちます。言葉は会話の手段であり、この両側を繋ぐものです。これが今回は、英語です。

このどちらかが欠けたら、会話は成立しません。例えば、今の僕は書き手(話し手にあたる)の「出力側」で、読者の皆様は読み手(聞き手にあたる)「入力側」です。言葉は「日本語」です。読者の皆さんは日本語を操る人として、普段の会話において何気なく出力側と入力側を行ったり来たりして言葉を交わしています。これは皆さんにとって今に限った話ではなく、生まれて赤ん坊の時からずっとそうでしょう。あまり意識しないかもしれませんが、今の今までそれを長いこと繰り返した結果、今のように日本語を操れるようになったとも言えるでしょう。 ここで、その母国語の日本語を習得した仕組みを下の模式図にしてみたいと思います。これは多くの人があまり意識しないことだと思います。しかし英語という他の言語を習得するならば、道しるべとして役立つことでしょう。

言葉の実力を形作るのは、エッセンス(予備知識、必要不可欠な要素)と、相応の努力です。大事なのは、①と②が相伴う必要があることです。エッセンスなしの努力は身になりませんが、エッセンスだけでも身になるわけではありません。この本では①エッセンスに該当するところを「それぞれの分野の伸ばし方」とまとめました。これらは読んだらすぐに皆さんが実践できるように、方法論として書き上げました。難易度、長所、短所と一緒に説明してあるの で、自分に合いそうな方法を選んで実践していただければと思います。
あとはこれにそって努力を重ねれば実力がつくはずです。「それでは、後は読者の方の努力次第です、後は各自努力してください。」と言うのはとても簡単です。しかし、ここが一番難しいのではないかと思います。頭でわかっていても、行動が伴わなかったりするのです。この努力を重ねられるかどうかには様々な要因があります。僕は、自らの動機づけと環境が密接に関わっていると思います。
この本の特徴は、筆者が「トイレに行きたい」すら言えなかった高校二年生のときから、英語を二か国語目として習得し、この本を上梓するに至った現在十八年八月までの経緯、環境の変化を記したことにあります。まだ短い人生の中、最も変化に富んだ時期でした。
動機も環境もとても流動的なものです。突発的に変化するわけでもなく、その変化は微々たるものです。僕がはじめにいた状況は、英語を使うような環境とはかけ離れた場所でした。しかし面白いもので、人の環境というのは日々変化していくものです。それがたとえ、日本という英語が母国語ではない国だったとしても。僕が英語を使っていくにあたって、自分を取り巻く環境も変化していったのです。
その結果、僕の価値観、感性、美意識、知識、交友関係もはたまた取り巻く環境も変わり、自分色の個性や視座が生まれ、人生は豊かになりました。そしてこの目まぐるしく変わる時勢に、著者として、英語の必要性を少しでも、僕なりの視点から訴えられるようになりました。
この本を通して伝えたいことは、一つに限りません。僕が大事だと思ったことも、読み手のあなたには大事でないことももちろんあるでしょう。しかし理論や体験を通して得たこの道のりに、他の人にとっても役に立つことが散りばめられていると思ったのです。例えば、留学に行かなければ、帰国子女でなければ「英語は身につかない」などと言った概念も少なからずあると思います。しかし僕はそうとは思いませんし、結果から「他の方法もある」と今では思います。
ですから、これまでの道のりをありのままを綴ることにしました。喜びも、悔しさも、赤裸々に。そして英語が連れて行ってくれた場所はどこなのか。この道を記すことで、英語を学ぶ立場の人に、そして英語を教える立場の人に、きっかけ作りになるかもしれない、何か役に立つかもしれないと、そう思いました。 この本を手に取ってくださったあなたの人生に、英語という観点から少しでも貢献できたらと、願ってやみません。
…本編へ続く。 坊主がウェブに上手な英語の詩を書いた。