自分のタスク管理
tasksプラグインを使ってdailynoteにためる。毎日デイリーノートを開けば並列されている。なるべく文脈が一目でわかるように入れたいので、「ノート記入」ではなく「この文脈をノートに記入」と書く。「この」はノートを辿ってわかる。
そして朝になってTODOを眺めながら実際に空いているカレンダーに予定をいれてその日の過ごし方を設定する。テキストだけでは伝わらないこともある。今日じゃないと思ったらまた他の日にずらす。
タスクの日付設定は思いついたときに。細かい時間設定は当日に。
ポケットの小さな魔法(テクノロジー)が僕らの生活をどう豊かにしていけるのか——その問いの足跡です。はじめての方は About からどうぞ。上のタグで記事を絞り込めます。
PKM
AIは道具、整理するのは自分。
tasksプラグインを使ってdailynoteにためる。毎日デイリーノートを開けば並列されている。なるべく文脈が一目でわかるように入れたいので、「ノート記入」ではなく「この文脈をノートに記入」と書く。「この」はノートを辿ってわかる。
そして朝になってTODOを眺めながら実際に空いているカレンダーに予定をいれてその日の過ごし方を設定する。テキストだけでは伝わらないこともある。今日じゃないと思ったらまた他の日にずらす。
タスクの日付設定は思いついたときに。細かい時間設定は当日に。
obsidianを使っていて仮説とその検証をどうやって管理しようか迷っていた。 仮説検証には大抵複数の領域を横断的に組み合わせることが必要となる。例えば家計と自分や家族との幸せの方針を決めるための仮説には、それぞれの価値観と会計的な領域を組み合わせる必要がある。
フォルダー階層とオントロジーをハイブリットとして使い分ける前提で、仮説そのものをフォルダーの名前とする案はどうか。仮説には、仮説を支える子仮説や何故なぜの組みあわせが存在するが仮説を親として受け継ぐ従属関係がある。これにはフォルダー階層が親和性が高そうだ。
一方でオントロジーによる組み合わせは何を概念の最小単位とするかで重点となる。そしてその最小単位そのものがタイトル名、つまりファイル名となる。仮説や仮説を支える子仮説、何故なぜはそれ以上切っても切れない最小単位となる。よってファイル名そのものだ。
良いプロダクトやPKMに忘れられるデザインがある。能動的に忘れられることは幸せなことである。ここで重点は、将来の自分に任せられるか。今安心して忘れるためにはあとで必ず自分が掘り起こせるだろうと確信がないといけない。
忘却曲線について少し学び直し。振り返って思い出すときにどれくらい負荷なく思い出すことができるか、睡眠によって固定化される記憶があるならば情報社会において大切。 逆に眠れないとどれだけ詰め込んでも記憶が固定されなくなる。
当たり前だけど再認識したのは、覚えておきたいものでも使っていなければ思い出すことができなくなること。自分が考えていたことを文章にまとめてもずっと前まで振り返ることなく思い出さない限り、思い出すことが困難になる。 たとえば言語のようにすぐに思い出さないと大変なものと、コーディングのようにリアルタイムでなくても「思い出す」までの時間が与えられているもので切り分けられる。
Ankur Sethi から引用
I want to understand every line of code that goes into this project. Never create, edit, move, rename, or delete project files unless I explicitly ask you to do so. Instead, show me every proposed edit in the chat so I can type it in manually.
Do not run commands that modify project files, install dependencies, or change repository state unless I explicitly request that action. Instead, show me those commands in the chat so I can run them manually.
I’m an experienced developer. Do not explain syntax, APIs, programming concepts, or implementation details unless explicitly asked.
「十分に長続きする理解を持った実装者はトークンの浪費を回避し、かつ責任説明を担保できる」という経済性やSLAメリットを持つのにもかかわらず、その理解に達するのは名人芸として十分に話されていないと思われる。これを体系化して仕組み化するにはどうすべきか?
大事でも気づいたら埃をかぶっていたノート。つながりを足す前に古いつながりを手放す。そんな片付けを手助けするObsidianプラグインを作った話。
ノートが増えるほど目当ての一枚に辿り着けなくなる。フォルダを切り直しタグを足し、また崩れる。整理そのものが仕事になっていた。けれど整理には手放していい仕事と、手放してはいけない仕事がある。
自動生成のポッドキャストはどんなテキストも自然な音声にしてくれます。でも具体例が薄く、まともな質問もありません。だから具体例を厚くし、一次情報への入口として、プロのインタビュアーの型で質問役を設計したパイプラインを作りました。
6畳(約9.7㎡)は、収納・展示・作業・くつろぎを一部屋で兼ねさせられる。既製品は天井までの高さを使い切れず、リース終了時に分解もできない。Fusion 360 で壁一面のフレームを設計し、Kreg のポケットホールで組んだ記録。
ノートの編集回数を自動で数えて、よく手を入れるノートをグラフ上で大きく表示する。そんなObsidianプラグインを作った思考の過程を書く。
ルーズリーフ100枚がちょうど収まる。縫製なし、革とネジだけ。
Googleカレンダーに予定を入れると、そこまでの移動ルート(電車・徒歩)を自動計算し、「移動予定」としてカレンダーに追加するGoogle Apps Script (GAS) ツールを作りました。
2025年霜降の一句
運動不足解消のために始めた散歩が、巡り巡って「知的生産の本質」と「現代における思考のキャプチャ方法」という問い、そして一つのアプリの構想にまで繋がった経緯を綴ります。
この情報社会で考えるゆとりを持つためのヒントは、忘れられる仕組みづくり。
生成AIが巧みな嘘をつける時代だからこそ、自分の言葉で思考し、点と点をつなぐ作業を委任してはならない。日記やノートを通じて思考を深める重要性について。
氷が揺れて器にあたる音
ObsidianはEvergreen notesの原則にのっとってできたノートアプリ。これまでのPKM(personal knowledge manegement)にはAppleのNotesをつかっていたが課題があり、乗り換えてみてからもう早一年以上経つので、レビューしてみる。
結局iPadですらジャケットのポケットには入らない。スマホの演算力やバッテリーの持ちは今や十分。
6畳部屋の要望を叶える家具を作り上げる大規模チャレンジ、いよいよ最終編。
6畳部屋の要望を叶える家具を作り上げる大規模チャレンジ、照明と収納増量編。
6畳部屋の要望を叶える家具を作り上げる大規模チャレンジ、基礎ができたら天板づくり
6畳の部屋は僕らの夢の工房。雑貨を作っていくにはその素材を収納するだけでなく、飾りとして、作業場として、そしてくつろぐ空間として使いたい。そんな要望を叶える家具を作り上げる大規模チャレンジ
DIY!アート愛好者の妻へ特製ワークベンチをプレゼント。どこにも売っていない特別なワークベンチを作る挑戦をしてみました。その一部始終を書き下ろしてみました。
地球温暖化予想2050年シナリオは最悪のケースをたどったため、2047年中旬、国連総本部は迅速かつこれまでにない世界的な協力が必要と声明を表示した。日本はその一環として新しい年号を定め、2050年より年号を改める方針を打ち出し、世界中の共通年号として共有された。
DIY!アート愛好者の妻へ特製ワークベンチをプレゼント。どこにも売っていない特別なワークベンチを作る挑戦をしてみました。その一部始終を書き下ろしてみました。
革命の新しい一歩を見たので、書き留めておく。新しい顔ができたのだ。計算機上世界の自己は周りから見られるものである。非計算機世界でも同じことが言える。
2020 年の末から、ベランダ園芸に身が入っている。「もう定年?」なんてジョークを言われたこともあるくらいである。はじめたきっかけは2つある。
まず何よりも、私が初心に戻って振り返るため。また、当時(そしてきっと今も)前例が日本では少なかったし、当時ギャップイヤーを選択した人は周りに1人もいなかったため、キャリアの相談をすることできませんでした。そのためこの記事が、誰かの参考になればと思った次第です。
旅にでかけるとき、人は何を想うのだろうか。目的の決まっていない旅では未知なる場所へ足を運び、食べたことのない食材を口にして、その土地の歴史や文化に触れ合う。新しい発見や、今までの自分の足跡を振り返ったりする貴重な時間を過ごすことができよう。
東京には色がない。冷凍都市と、名付けた人の声を聞いたことがある。黒や灰、白に囲まれている、そう、冷たく、色がないことに気づくのだ。目の前や足下をみてみれば、自分もその色気のなさに紛れているような気がしなくもない。近頃、レンズ越しの僕の日常は、黒や灰、白に囲まれていた。
サステイナビリティという、羽のように軽くてふわっとした、形のないオブジェクト。いく何時も特別な想いを馳せながら、これをあの手この手で掴み取ろうとしてきた。あるときは掴み取ることのできる形ある「ときめき」を覚えたり、はたまた欺く様に指先の間をすり抜けてしまうこともあった。
知とは、なんだろう。僕は、それを木に例えられると思う。人の知の木には、様々なものが混在している。宇宙の摂理を解き明かす科学のような、人間の嗜好の外側に佇む客観性が保証された事実、他人と互いに排他的になり得る意見や育った文化によって培われた常識など。
私たちは革命の最中に立っている。インターネット、その良さを存分に活かしていける方法はないか、そう思ってこのブログを立ち上げた。
英語は今や、我々日本語話者にとっては特に、未知の世界を見ることのできる色眼鏡となりました。その言葉一つが、見えなかった、知らなかった様々な世界を視覚化してくれます。英語は実世界のみならず、インターネットの上でも世界共通語のようです。
はじめまして!
Django, React, AWSを使ったフルスタック開発, 運用. 外部APIとの連携など
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